ニキビの話

ニキビに悩む女性に施術をするお姉さんがいる。


どんなに悩ましいニキビでも、彼女の手にかかればたちまち消えていく。

20分1000円とお手頃価格で、跡を一切残さずに。

美人でスタイルがよく性格は穏やか、なおかつ話も面白くて非の打ち所がない人だ。

エステティシャンではなく、OLをしながらニキビの施術をしている。

いわゆる副業ってやつ。


いつも決まって仕事帰りの買い物時に遭遇する。近所らしく、たまに家の近くで会うこともあった。


ある日、いつものように買い物時にすれ違った。彼女がいつもとは異なる、中身のぎっしり詰まって重そうなトートバッグを持っていた。

あまりに重そうだったので、「少し持ちましょうか?私のカバンにちょっとだけ荷物入るので、入れて一緒に運びますよ。」と声をかけた。だが、彼女は「いい!ほんとに大丈夫だから!」と焦った様子で足早に去っていった。

普段は見せない表情から何かあったのだろうと推測できたが、そのときは事情を聞くことは出来なかった。


それ以後、トートバッグを持って歩く姿をたびたび見かけるようになった。家とは逆の方向へと足早に歩いていく。いつの間にかその様子を目で追うようになっていた。


声をかけた日から一か月が経過した夜、こっそりと彼女のあとをつけてみることにした。15分ほど歩くと、暗くて誰もいない空き地にたどり着いた。こんなところで何をするのだろう。離れたところからその様子を見ることにした。


トートバッグから瓶4本と虫かごを取り出した。瓶はそれぞれ、どろっとした白、黄、赤、透明の液体が入っていた。

透明の液体をそれ以外のものに注ぐと、瓶の中が白、黄、赤色に光っていく。その光を優しく見つめ、虫かごから虫を3匹取り出した。その虫もさっきの3種類の液体をかけられて、白、黄、赤色に光り始めた。

トートバッグからリモコンを取り出して操作すると、虫は機械の音を立てながら飛んだ。暗闇を飛ぶそれらは蛍のようで、とても綺麗だった。

順調に飛んでいるように見えたが、ほどなくしてバランスを崩し、こちらまで飛んできてしまった。


慌てて拾いにきた彼女は、こちらの顔を見て驚いていた。見られたくないものを見てしまったようだ。


「覗き見しちゃってすみません。」


「いいの、気にしないで。でも、なんだか悪いものを見せてしまったね。」


「悪いものじゃないですよ!だってこんなに綺麗じゃないですか!」


「これ、みんなのニキビを集めたものなの。」


「えっ...?」


「ニキビって白ニキビ、黄ニキビ、赤ニキビの3種類があるでしょう?施術が終わった後にニキビを色別に分けて保管しているの。分けたニキビを液体と混ぜたら、ニキビの種類に応じて色が変化してね...」


「液体?」


「ニキビ菌と混ぜたら発光する液体。自作のものなんだけどね。あっ、これも自作。」


「この虫の形になんとなく見覚えが...」


「わかる?」


「ホタルですか?」


「そう!ホタルに光るニキビ菌を詰めて、空き地でこうやって飛ばして遊ぶのが私の趣味なの。」


純粋な悪趣味を覗き見しただけだった。なーんだ、とため息をつく前に彼女は続けた。


「どんな仕事をしていても、嫌なこととか辛いことってたくさんあるでしょう?そんなときに自然のものを見ると、いつのまにかそういうのを忘れられるの。でもこの近所には自然って呼べるものがない。だからホタルを作ったの。こうやってホタルを飛ばしてる時間がとっても好きでね。ニキビを取るのは私の趣味のためでもあるけど、悩んでる方の力にもなれる。これだったらwin-winでしょう?」


意外な一面を見てしまったものの、いい人であることに変わりはない。


しばらくの間、二人で夢中になってホタルを飛ばした。本物のように飛んでいくホタルはとても綺麗だった。ひとしきり飛ばした後、彼女はいつも以上に穏やかで幸せそうな表情をしていた。


「もうこんな時間!明日施術の予約が入ってるから早く寝なきゃ!」と言って片付けを始める頃には、日付が変わっていた。余韻が残る中、一緒に家の方向に向かって歩き出した。別れ際に、「今日はありがとう。とても楽しかった。これあげる。」とホタルを差し出された。「いやいや、そんな!また一緒にホタルを飛ばしたいので、とっておいてください!」と断った。ほんとはニキビ菌を家に持ち込みたくなかっただけだけど。


今でもときどき空き地に行ったら、綺麗なホタルと幸せそうなお姉さんの姿を見ることができる。以前と違うのは、ギャラリーが増えたことだ。「空き地で綺麗なホタルを飛ばしているお姉さんがいる」と、いつのまにか近所の子どもたちの間で噂になっていたらしい。子どもたちも、またその親たちも、ホタルを一目見たいと集まるようになった。彼らは、光の正体がニキビであることを知らない。


「秘密にしておいてね。約束だよ。」

そう、約束だから。


秘密を知ってしまったけど、いや知ったからこそ、引き続きニキビの施術を依頼するつもりだ。

ホタルがこれからも輝き続けるために。